ある医薬品が10人に投与され、そこで3人に皮膚炎の副作用が発生したら、皮膚炎の副作用発現率は3÷10で、30%だ。何のことはない。
ただ、学術用語として「副作用発現率」なるものは認められていないので注意が必要だ。疫学用語としてこの指標は「累積罹患率」とするのが正しい。こうした事情があって「発現率」には二系統があり、大抵の人はそのような事情を知る由もないので、副作用発現率(累積罹患率)を指標として物事を語るのがマズい状況に出くわすと混乱することになる。
例えばある医薬品が10人に投与され、そこで10人全員に皮膚炎の副作用が出たとしよう。これだと副作用発現率(累積罹患率)は10÷10、100%だ。ちょっとした発赤だとかブツブツくらいならマシだが、掻痒感(そうようかん)、痒くて仕方がないだとか、投与を中止せざるを得ないようなヒドいものだとしたらたまったものではない。
では別の選択を、となったときに副作用発現率(累積罹患率)が70%という医薬品があったら、大いに検討の余地がありそうだ。ところが、こちらは治療を完遂(かんすい)出来ている症例が少ないため、ひょっとしたら別の副作用がヒドいという可能性がある。
それどころか、効き目が劣る可能性も踏まえる必要があるだろう。風邪をひいた、といったような軽い病気ではなく、薬が効かないとなると命を落とすという病気も世の中には色々とある。端的にいえばこちらの医薬品を10人に投与したら、効き目が悪かったり別の副作用が生じたりしてわずか1週間で3人が命を落としたり、治療をやめていたとしたらどうか。
こうなってくると、皮膚炎の副作用がどんな人であっても2~3週間で発生する医薬品であったとして、その皮膚炎が発生する前に死亡したり治療をやめたりすることで観察されない。結果として10人中の7人が治療を完遂、当初の予定通り最後まで処方されて全員に皮膚炎が生じたとしてもその副作用発現率(累積罹患率)は7÷10、70%だ。
つまり副作用発現率(累積罹患率)が100%に対して70%だから、皮膚炎のリスクについては後者の方が安全だ、などとは言い切れないのである。要するに比較するべき指標がよくないというわけだ。
こうした状況に直面したときに、ようやっと「副作用発現率は欠点のある指標だなあ」となる。そのときに、「ではもっとマシな指標はなんだろう」と考えると出てくるのが、分母を処方した人数ではなく、人数にそれぞれの観察した時間(たとえば日数)を掛け算したタイプの“副作用発現率”が相応しいことに気付くことだろう。
こちらの“副作用発現率”は疫学分野では「累積」ではなく単に「罹患率(incidence rate)」と呼称する。医薬系の論文を読むときに、特に長期処方するような医薬品の場合は“副作用発現率”が累積罹患率(cumulative incidence rate)なのか、それとも罹患率(incidence rate)なのかは注意が必要だろう。累積罹患率では指標として適切でない可能性がある。
なお、1回きりの処方であったり、治療完遂がそもそも1週間程度であったりした場合には、この区別はざっくりいえば「どうでもよい」程度の違いになることだろう。
因みに前述したような死亡であったり、別の副作用のせいで皮膚炎の副作用発現の観察を邪魔したりするイベントのことは「競合リスク」という。この言葉を覚えていると副作用発現率の弱点を思い出すときに便利である。
以上
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