周囲の目を気にする心理は同僚(ピア、peer)による効果ということでピア効果と呼称されているが、その中でも特にビジネスに転用され作業効率の向上に利用されているものをホーソン効果という。
言葉の出所はテイラーによる科学的管理法の実験によるものだ。そこでは照明の明るさから作業場の温度、湿度、労働時間や出勤日数などのパラメータを様々に変更し比較することで、果たしてどのような条件が労働生産性を向上するのかつぶさに研究されたという。
中でも5名の女性を選抜し作業をさせたところ、その労働生産性が高く、実験の終了後もその5名の女性の労働生産性の高さが維持されたことで、一体それは何が因子なのかということになったのだが、上述したようなパラメータはどこを変えてもあまり影響がなかったようである。
では何がその労働生産性を高めたかといえば、それは「選抜」にあった。よい意味での選抜というのは私たちにとってどうやら名誉・ホマレに直結するものであり、自身が「選ばれし者」ということであれば、「よし、やってやるぞ」という気になるものだ。
ピア(同僚)効果の中でもアメリカのホーソン工場で1900年代初頭に行われた上記の大規模な実験をもってして、社会心理学分野ではこれを「ホーソン効果」というのだが、それが最近になって医療分野でも聞こえてくるようになった。
それが俗にSaMD(サムディー)と呼ばれるところの、Software as a Medical Device、ザックリ言えば「治療用アプリ」の分野でのことである。
SaMDには慢性疾患に関連するところの運動や食生活の変更への期待が持たれており、その“作用機序”は「アプリを使う前の自分よりもアプリを使い始めた自分の方が健康的な行動に変容する」といったものである。
より具体的には禁煙を促したり、運動を勧めたり、といったところなのだが、そのアプリが医療機器として、SaMDとして認めてよいかどうかという実験をするときにこのホーソン効果が大いに邪魔になるのである。
つまり、アプリを持たせられた被験者は「私が選ばれ、期待されている」という心理が働hoき「喫煙をやめなければ」「運動しなければ」というインセンティブが刺激されてしまう。結果としてそのような実験をしているときには確かに禁煙が持続されたり運動習慣があるようにみえたりしても、いざ医療機器として認可し発売してみたら、全く何も効果がなかった、となる恐れがあるというわけだ。
さらに事態をややこしくさせているのは、こうしたSaMDと呼ばれる、国が医療機器として認可したアプリは他国においても少なからずこのホーソン効果も含有した「やる気」になっていると目されている点である。つまりSaMDからホーソン効果を完全に除去してしまうと、その“効き目”は落ちるということになる。
然るに、果たしてどのようにしてそのアプリを「医療機器として認可してよい」と決断できるような研究をデザインできるのか、関係者は頭を悩ませているのである。
以上
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