現状維持バイアス(Status Quo Bias)

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 会社オフィスはフリーアドレス、つまり社員が当日どこの席に座ってもよいという制度になって久しいのであるが、大抵の場合、あの人はあの辺りにいるとか、ズバリあの席にいるというのが予測できる。かくいう私自身がそうであり、どこでもいいというのに、いつもきまったエリアでしか座席の予約をしないのだ。

 人は皆、変化が苦手な生き物だという。ランチにどこへ行くかとなればおよそ行ったことのある店に行きがちだし、それどころか毎回そこでは同じメニューを頼んだりする。もちろん、新しいもの好きという人は中にはいるのだが、人間集団としてみるとそれはごく一部の少数派であり、それは「現状維持バイアス」で説明される。

 現状維持バイアスとは、現状を変えることのリスクをことさら強く意識するバイアスのことだ。例えば出ないパチンコ台にずっと居座る、といった態度であり、自分の中でもその判断が合理的でないと思っていても「もし別の台に移動して別の人がこのパチンコ台で大当たりが出たら耐えられない」ことから動けない。これが現状維持バイアスである。

 もちろん「現状維持」そのものが悪いことでは決してなく、初めて行くお店よりもこれまでに行ったことのあるお店の方がハズレにくいだろうという安心感は高いだろうし、美味しいことが既に確認できたメニューがあるというのに、違うメニューを頼んで失敗したら嫌だという心理も合理性がある。

 問題は「現状維持」ではなく「現状維持バイアス」の方だ。簡単にいえば、そのメリットとリスクとを天秤にかけてみて、やはり「変化」の方が合理的だろうという選択局面にあってもなお、変化出来ない場合がその「バイアス」ということになる。

 例えば、新しい医薬品が認可された場合、その多くは既存の治療薬とガチンコで比較したうえで勝利することが証明されたから発売するのであって、然るに、これは発売日の当日から当該薬に切り替えてどんどん処方した方が合理的といえるだろう。一方で、例えば小児や妊婦、あるいは超高齢者への処方となるとためらうことが合理的な場合も多く、なぜならばこうした人たちへの処方は発売前のガチンコ比較(無作為化臨床試験)では実施していないことがほとんどであり、それ故に既存薬を選ぶことが合理的ということはある。この場合は「現状維持バイアス」ではなく「現状維持」であり、正しいと言ってよさそうだ。

 現状維持バイアスにはその深層心理や関連する心理バイアス、認知バイアスが多く知られている。たとえば、「ジャムの法則」で有名な、多くの選択肢があると選ぶことにストレスを感じるとか、「サンクコスト」と言われるところの、既にたくさんの投資をしたので引き返せないといった概念が現状を必要以上に維持しようという働きと関わったりもしている。

 さて、明日は久しぶりに出社予定である。自分のお気に入りのテリトリーに、空席があると良いのだけれど。

以上

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