サンクコスト(sunk cost)

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 M-1(エムワン)というお笑いのコンテストならば、私のようなお笑い好きでなくてもその存在はもはや知られているところだと思うのだが、The Second(ザ・セカンド)というお笑いのコンテストが昨年から始まっているのをご存じだろうか。

 これはコンビ結成16年以上という条件が付いている漫才のコンテストであり、昨年の第1回はギャロップが優勝、今年の第2回はガクテンソクというコンビが優勝した。

 この大会が始まった経緯はよくわからないのだが、ひょっとしたらM-1で錦鯉(にしきごい)が優勝したことも関わっているのかもしれない。長年、売れなかった錦鯉の優勝は審査員やライバルのコンビですら涙するほど感動的であり、確かに錦鯉の以降の活躍には芸そのものに加え「売れない時代があった」という個性、あるいは“ハク”がプラスされているようであった。

 しかるにザ・セカンドで優勝するコンビはそのような苦節〇年、売れてませんでしたというコンビになる確率が高く、漫才のコンテンツそのものとは別に人間ドラマが売り物になると踏んでの企画案だったのでは無いだろうか。

 これはまたスポーツやクイズ番組における「敗者復活」の色彩もあり、“弱者救済”、つまり良き行いにも映るのだが、果たしてどうなのだろうかと引っかかるのが「サンクコスト」という認知バイアスの話である。

 サンクコストとは「もう取り返すことは出来ないコスト」のことで、ビジネスにあってはこのコストは一切、意思決定のファクターとしては使ってはならぬ、ということが知られている。つまり、「せっかくここまで投資してきたのですから、続けましょうよ」というロジックには合理性が無いのだ。

 有名なプロジェクトがコンコルドプロジェクトであり、敵国のレーダーには表示されない飛行機「コンコルド」は、残念ながらその完成を待たずして敵国のレーダーが進歩してしまい、検知できることになってしまった。本来ならばそこでプロジェクトは停止とするのが合理的なのだが、「せっかくここまで投資したのだから」と、プロジェクトが継続された。この愚かな意思決定は「コンコルドの誤謬(ごびゅう)」として、サンクコストの別名として不名誉な“採用”をされている。

 そもそもM-1を企画した当時タレントであった島田紳助は、出場資格として「コンビ結成10年以内」としており、それは「10年、お笑いを頑張って目が出なかったら、別の道へ行く、それを後押ししたい」からだったと聞いている。確かに、錦鯉のようなレアケースがあったとしても、ずっとお笑いの夢を追い続けるよりもむしろ別の道へチャレンジした方がよいと言えないだろうか。「笑いがとれる」というスキルは、当人たちが思うよりもずっとビジネスでも有効なスキルなのである。

 この視点でザ・セカンドなるお笑いコンテストは“弱者救済”、良きことと言えるかどうか怪しくなってくる。「ひょっとしたら俺たちもザ・セカンドで優勝して売れる、というワンチャンスがあるかも」と考え、コンビ解散を思いとどまったというコンビは少なくないだろう。この人たちが結成10年でコンビ解散して他の道へ行っていたとしたら、社会全体として、大げさにいえば日本のGDPの視点でみてもっと貢献しているだろうと思えるのである。

 「せっかくここまでお笑いを頑張ってきたのだから」とか「夢をあきらめるな」とか、なんとなく社会善のような、耳障りのよい美しいエールにも聞こえるのだが、案外とそれは悪魔のささやきなのかもしれない。

以上

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