「無敵」といえば戦国時代、武田信玄率いる赤備えの武田軍であるとか、スペインの艦隊であるとか、その出自は勇ましい様に使われていた言葉であった。アニメの世界にあっては大抵の大ボスが「無敵」として描かれ、それを主人公であるヒーローが打ち破る、というのもお決まりである。スポーツの世界にあっては日本シリーズを9連覇したジャイアンツであるとか、“霊長類最強”という異名を持つ吉田沙保里選手などもそのように呼称されて然るべき存在であったろう。
ところがこのところの「無敵」というのは少しばかりニュアンスの違う使われ方がされている様子である。簡単にいえば馬耳東風というのか、人の話は全然聞かないとか、周囲が何を言っても我が道をいく人のような人が「無敵」と呼称されたりしている。これはなかなか面白い使い方だな、なんて思ったりもする。
ビジネスの世界でもこのような「無敵」は存在する。周囲が何を言っても頑なに我が道を行くというタイプの人は少なくとも職場に一人二人くらいはいるはずである。こうした人はある意味においてちょっと面倒な人だったりもするので、その意味で最近使われているところの「無敵」はちょっと悪い意味合いが含まれているとも言えるのだろう。
私がビジネスの中で何より「無敵」と考え、憧れもする存在は何と言っても「好きなことを仕事にしている人」である。メジャーリーグの大谷翔平選手のような華々しさのある人だけでなく、例えば恐竜の骨を採掘する考古学の研究者であったり、昆虫の生態を調べる生物学者であったりといった人にはそのような“輝き”が感じられて圧倒されるのである。それこそまさに天職ともいえ、どうして自分にはそのような、人生を捧げるような「好きなこと」が無いのだろう、と思ったりもする。
そうは言っても自分が30年以上も関わってきたところのデータサイエンスの仕事は、少なくとも一般の人よりも自分は好きだと言えるだろう。職場では医療データの、また自宅では住宅ローンの有利な返済プラン策定であるとか、競馬の勝ち馬予想であるとか、これまで何だかんだとデータの分析ばかりして生きてきたようにも思う。
製薬企業においてデータ分析に利用されるのはSAS社が提供する生物統計のプログロム言語が中心であり、SASプログラムで実施した分析について行政当局はそのプログラムの提供を求めることはあっても、プログラム言語のバリデーション(信頼保障)までは求めない。それ故に私はかれこれ30年もSASプログラムのユーザーであった。
製薬企業を退職した今、SASプログラムを使うことは全くなくなってしまった。利用に必要な費用が年間で100万円を超えるというのがその理由であり、いまはもっぱらExcelの機能だけで済ますとか、プログラムを使うとしたら無料で利用可能なRかPythonを使っている。
こうしたプログラム言語のことをオープンソースと言ったりもするのだが、その仕組み、アルゴリズムが全て公開されており誰でも自由に改変や再配布まで出来る。年間の利用費として100万円を超えていたプログラムしか使ったことが無かった私には未だ信じられない有難い存在である。
無料プログラムが世の中に出てきたのが1990年頃のことであり、そのパイオニアと言えるのがLinux(リナックス)であって、その開発の中心人物がリーナスさんである。何故にこのような、皆が使えるというコンセプトでOSを開発したのかと問われた彼は「好きでやっていたのだから」と答えたのだとか。そこから派生した“法則”というのが「リーナスの法則」と言われるのだが、皆で関われば不具合もすぐに見つかるという意味合いと、好きこそものの上手なれ、という意味合いがある。リーナス氏の語ったところは後者であり、「好き」を動機として働くことの無敵さというのがこの法則のコアだろう。その無敵さに憧れてやまないのである。り
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