BL0156 シャーデンフロイデ(Schadenfreude)

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先日、TVでみた歯医者さんは特に子供の治療が専門なようで、広い遊び場が完備されているだけでなく犬が治療室にいて、治療中の子供がその犬を撫でながら歯の治療をされていた。そういえば、ということで思い出されたのが以前、私がCT検査を受けたときの“映画上映”である。CT検査機の上部にて映写されていた「ローマの休日」を見ながら私はその検査を受けていて、それもまた犬によるアニマルセラピーみたいなものだったのかもしれない。あるいは単なる暇つぶし用だろうか。それにしては大がかりな気もする。

「ローマの休日」はご存知の通りオードリー・ヘップバーン主演の名画なのだが、欧米の人にとってはその原題、「Roman holiday(s)」にはもう一つの意味があって、ちょっぴり皮肉交じりのニュアンスで受け止められるらしい。

ローマ人の娯楽には残酷なものがあって、剣闘士の死闘や罪人の処刑といったものが見世物だったという。その悪趣味さ、要するにそのような趣向は今でいうところの「他人の不幸は蜜の味」、悪魔的であって、ローマ人の休日つまりRoman holiday(s)というのは「他人の不幸や苦痛を娯楽とすること」である。

心理学分野にてこのような用語はドイツ語の「シャーデンフロイデ」と呼称することが一般的である。私たちの深層心理には他人の不幸を喜ぶところがあって、口汚い表現を使うならば「ざまあみろ」「いい気味だ」などとも近しい概念だろうか。

私自身にももちろん、「シャーデンフロイデ」の性質はあり、それを自覚させられてしまうこの表現は嫌な気持ちにさせられたりもするが、それでも人は誰しもそのような性質があるものだと知っておくことは有益でもある。

例えばヒーロー物のアニメやドラマでは、いかに悪役を悪役らしく描くかによってヒーローが映えるとされる。実際には悪役側にも“情状酌量”の事情があることがリアル社会というものだろうが、フィクションの中ではその敵が悪の大王でなくて、仮に上司や友人、夫や妻であってもとにかく情状酌量の余地の無いように、なるべく悪どく描くといいというわけである。

こうした悪役の場合、そこには「仕返し」だとか「因果応報」だとかのニュアンスが含まれるのだが、シャーデンフロイデという概念にはそのような性質が無いのがまた何とも救いようがない。何にも悪いことをしていない人であっても、基本的に「他人の不幸は蜜の味」なのである。私もブログやコラムを書く機会があるが、物事がうまくいってラッキーでした、といったお話を掲載することは基本的に避けている。例えば、株の売買であれば、儲かったという話ではなく、損をしたという話を書く、それが物書きの基本のキとも言えよう。

さて。ここ日本ではRoman holiday(s)のその皮肉めいたニュアンス、つまり「お嬢様の気まぐれに巻き込まれた人たちをみて娯楽する」みたいなことはほとんど日本の人は受け止めていないことだろう。しかしながら、映画「ローマの休日」をわざわざシャーデンフロイデと紐づけてとらえなおす必要もない。ひとときのラブロマンス。そんな受け止め方でもこの映画は十分に楽しいのだから。

以上

デン

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