ディズニー映画「インサイドヘッド」は、少女の中にある5つの感情、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリを擬人化したアニメ映画である。心理学分野ではこうした感情をタテ、ヨコ、ナナメに切り取ったりした研究がいくつもされているのであるが、カナシミが一次感情である一方、イカリについては二次感情であり相応に防ぎようがあるとする考えがある。
その根拠とされるのが、Aさんに対してはガミガミと怒っているところ、全く関係のないBさんが通りがかったときにはBさんに対しては何らイカリもなく、冷静に頼み事が出来たりするから、ということのようである。確かにカナシミに沈んでいるときはAさんと接していようがBさんと接していようが切り替えられるものではなく悲しい感情は変わらない。その意味でカナシミはワンランク上というのも一理あろう。もちろん、イカリも同列の一次感情であるとする「プルチックの感情の輪」なるものもあり、こちらは一次感情として喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、予測の8つが“採用”されている。要するに一次感情、二次感情なる区分けには恣意性があるし共通認識途上というわけだ。
重要なのは”実用“的なアプローチであり、カナシミに対して二次感情であるイカリは制御可能だ、として発展したのがアンガー・マネジメント論である。アンガーとは日本語で「イカリ(怒り)」であり、ユニーク(?)なのはそのセーブ・制御ではなく「マネージメント(管理)」という打ち手であるところだろう。
実際に私もアンガー・マネジメントの研修を受講したことがある。社会人であるから「時間を守ることは大切だ」という意味では参加者全員が共通認識である一方、「では会議の開始に対して何分前にくるべきか、あるいは何分の遅刻が許されるだろうか」といったような質問に対してはその許容度が各々異なる。時間厳守と言いつつもこうした違い、ギャップがあり、それに違反した人に対して不満、不愉快、怒りの感情が沸いてくる、といった事例が展開されたことを覚えている。
その中にあって自分の中の「ふつう」や「常識」というものが共通認識ではない、であるからこそ「べき」などとするのは怒りの元になる、なんてことを学んだわけである。もちろんときには怒りの感情を制御しなくてよい、というのがマネージメント(管理)論たる所以であり、例えば全財産を奪われる詐欺にあったとか、最愛の人の命を奪われたといったような極端な場合にあってもなお「怒らない」は適切ではない。回避策もいくつかあり、たとえば6秒ルールなどは有名だろう。怒りの感情が沸き起こったとき、すぐに言動するのではなく、とりあえず6秒待つ。そうすると適切な言動ができる、というものである。
また、「怒り(いかり)」は感情であって「怒る(おこる)」は行動である。怒りの感情が生じた場合、ネチネチと皮肉をいう人もいれば、顔を赤くするばかりでとくに「怒る」ような行為を行わない、あるいは声が大きくなるというように感情が同じでもアクション(行動)はまちまちである。何れにせよ、アンガー、怒りの感情は適切にマネージメントが可能なのであり、常に鎮静化が必須ではないということは知っておいて損はなさそうだ。
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