BL0158 自己奉仕バイアス(Self-serving Bias)

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先般実施された衆議院選挙は史上まれにみる自民党の大勝となった。465の議席のうち、330人分の当選枠を獲得したというのだから凄い。実際には比例代表として申請された人数が足りず316人が選出されたのであるが、それにしてもこれだけの大勝は見たことがない。

こうした結果を受け、どうしてこのようになったのかといった要因分析が様々なところで語られている。簡単には“高市人気”と評する人もいれば、いやいや、それよりも新たに発足した中道連合に対する拒否感、“中道否定”の方が大きかったからという分析も多い。

実際のところチームみらいなどは二けたの人数が当選しているので、高市人気だけで語るのは説明が足りないといえるだろう。また、自民党のSNS戦略に莫大なお金が投資されたからであって野党にはそのようなお金が無かったといった論調もあったが、この分析は前回の自民党大敗という事実を説明することが出来ないのでおそらく間違った分析だろう。このようにしてわかりやすい、間違った分析も散見される。

私なりの分析をここで紹介するのは遠慮しておこう。およそ結果から解釈する場合は、科学的な立場、中立的な立場で分析することが難しいので様々なバイアス、簡単にいえばそれぞれの人の「色眼鏡」によって、鋭い洞察であったり、トンチンカンな思い込みであったり玉石混合となるのが常である。私が分析したところで私の色眼鏡を乗り越えてフェアな分析をすることは案外と難しいというところだ。

そんな中で、これまで幾度も当選をしていた大物議員の落選の弁には、ちょっと耳を疑うような敗因分析も聞かれた。簡単にいえば落選の責任について、「自分には責任がなく、いわば被害者である」といった声がそれであって、これは聞いていて周囲をガッカリさせるのだが、当人にはその自覚がないのが常である。また、こうした自己擁護の弁は心理学分野でいうところの自己奉仕バイアスとして説明することもできるだろう。

自己奉仕バイアスというのは失敗要因を外的要因、運や他人のせいにしてしまうという偏(かたよ)った認知のバイアスである。「SNSで広がったデマのせい」だとか、「国民がまんまと雰囲気にだまされてしまった」等々。このように解釈する傾向のある人は失敗経験から何ら学ぶことはない。違う見方をするならば、そのように解釈でもしなければ凹んでしまって立ち上がれないからその防衛反応だという側面もあるのかもしれない。

およそ学校や職場の中にこうした自己奉仕バイアスの強めな人は少なくないようにも思える。何らか成功した場合にはその全てを自分の努力や才能のお陰だと認識してしまうので、周囲でサポートしてあげたつもりの人たちは開いた口がふさがらない。

他方、衆議院選挙の裏側で実施されている冬季オリンピックではメダルを獲得した人のほとんどが、自分を支えてくれた人への感謝を語り、メダルがとれたことは自分だけの力では決してない、と強調する。このコントラストは何なのだろう。

自己奉仕バイアスの存在はメンタル面では自己防衛する側面もあるので良い、悪い、ということは一概にいえない。しかしながら世界のトップを争うようなアスリートにあっては自己奉仕バイアスの強めな人が少ない理由はありそうだ。

彼ら彼女らは世界のトップを目指すうえで自身のパフォーマンスを極めなければならず、そのためには失敗する度にその原因を分析し成長するための糧(かて)とするのが当たり前のルーティンとなろう。つまり、失敗する度にその原因を自己に求め改良を重ねる。失敗する確率を減らし、成功する確率するための戦略を講じる。原因を他者や運のせいにしたのではスキルが向上する見込みがない。それ故に自己奉仕バイアスはいわば内なる“敵”なのである。

他方、政治家というのはヒトとして政治家として何ら成長しなくてもやっていける商売という言い方も出来なくはないということになろうか。ヒトの批判、あげ足とりばかりで何ら自身の政策を論じないという政治家も少なくない。もちろん、自分の力ではどうしようもない逆風にさらされた、という感覚が間違っているということでもないだろう。それでもなお、「自分の力不足」と認識できる人にしか、少なくとも自己成長という“宝物”は決して与えられることがないのである。

以上

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