3億円事件、といえば私と同世代の人であれば「ああ、あの事件ね」とピンとくるはずだ。1968年12月に東京都府中市で起きた、現金3億円が奪われたという窃盗事件である。当時の3億円というのが今でいうところのいくらなのかはわからないのだが、少なくとも私の記憶の中では未解決事件の“代表選手”である。
何より、白バイ隊員に扮したというモンタージュ写真がその象徴としてよく紹介される。また、沢田研二さんが主役のドラマ「悪魔のようなあいつ」はこの事件が元になっている。主題歌の「時の過ぎゆくままに」は大好きな曲で、たまにYouTubeなどで聴いたりしている。
先般、NHKがこの事件のことを未解決事件の特集としてとりあげていたので見てみることにした。正直なところ、3億円事件に関しては他の民放などでもたまにとりあげたりしていて、ザックリとしたことは知っていたところである。例えば、何より第一の容疑者としてあげられた人が、今現在ではもっとも疑わしいこと。モンタージュ、とされていた写真は実は実在の人の写真そのもので、その写真を勝手に白バイ隊員の枠と合成していただけであること、等々。
今回、新たに知ったことといえば、何故にその第一の容疑者がもっとも疑わしかったというのに、それが逮捕なり解決なりに結びつかなかったのか、そこには「権威に訴える論証」的な視点があったのである。
論理学の世界では「間違い」のことを難しい言葉で「誤謬(ごびゅう)」と表現し、どのような誤謬があるのか交通整理したりするのだが、「権威者がそう言っているのだから」を確固たる動かぬ証拠のようにして「正しい」と判断するのがこの「権威に訴える論証」という、誤謬である。
番組の紹介によれば、確かに第一の容疑者である19歳の少年が「いちばん怪しい」、材料がそろっていたのであるが、昭和を代表する名刑事、平塚がかなり早い段階で彼をシロと断定したのだという。果たして「捜査の神様」とうたわれた平塚がシロといったのに、どうして引き続きこの少年を追えることが出来るだろうかと考えると、その権威に異を訴えることはなかなかどうして難しかったに違いない。日本の文化は目上の人を敬うことを美徳としており、名刑事ならずとも親や上司に異論を唱えることすらためらう人も多い。こうした心理傾向のことは「権威への隷属(れいぞく)」と表現される。
では何故に平塚刑事が少年をシロと言ったかといえば、どうやら3億円事件が「単独犯によるもの」という、思い込みがあったのだという。番組では犯人グループの一人にインタビューし核心に迫る質問をした際に動揺し答えなかった旨のエピソードも紹介された。
もう何十年も前のことなので、どうして平塚ほどの名刑事がそのように思考したのかは不明であるが、そこにもまた自身の経験や勘に頼りすぎるといった「誤謬」があったのではないだろうか。
かくして第一の容疑者はほどなくして自死している。当該の番組だけではないが、3億円事件を取り上げる番組の内容はそれを自殺ではなく警察官の父親による犯行なのではないかというニュアンスで報道している。遺族のいることなのでそれが正しいとかどうだとか断定するものではないが、3億円事件の時効が既に成立して未解決事件になったことは事実である。
以上


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