老害という言葉がなんだか普通に使われるようになった。長いこと年功序列の社会を形作ってきた日本において、「どうしてこんなに偉そうに振舞うのだろう?」という、不思議な年配の人が多い気もする。
もちろん個人差のあることであり、ホントに偉い先生であってもこちらが困るほどに低姿勢な人もいる。実は偉そうにする人というのは年齢とあまり関係ないことであって、その中で年配の人を見つけると「老害」というバズワードに引っ張られて印象に残っているだけなのかもしれない。何れにしても偉そうにする人は大嫌い。私も気を付けたいと思う。
プロ野球は日本のプロスポーツとして最も古い歴史があることもあって、引退した選手らが持論を押し付けるカタチで“老害”化している様子が伺える。目に余るのが、自分がうまくいった打撃理論や練習の仕方など、「すべての選手において有益だ」という思い込みに基づく早まった“確信”だ。
こと、「何より走り込みが大事」という練習理論についてはこれまで幾度となく物議を醸しだしている。野茂選手がメジャーリーグ行きを決めたのも、当時の監督によるこの押しつけが嫌いで、理論に基づくトレーニングをしたいという野茂選手との軋轢(あつれき)が背景にあったとか無かったとか。
また、メジャーリーガーのダルビッシュ選手は、引退した名選手の「走り込みが足りないからだ」という主張に対して、「自分の周りのメジャーリーガーは誰もそんなに走り込みはしていない」とコメントした。彼は最新トレーニングを知りたくて幾つかのチームを見学したとも聞くので、決して練習嫌いというわけではなく、「より有益な練習方法」の習得についてはむしろ貪欲な選手であり、この反論には説得力がある。
何せ反事実、パラレルワールドがないとこの意見のぶつかり合いは収まりそうにない。つまり「専門のトレーナーの指導により練習をした野茂選手、ダルビッシュ選手」と、「走り込みを中心とした練習を取り入れた野茂選手、ダルビッシュ選手」とを比較することが出来ないのだ。
こうした意見のぶつかり合いはスポーツの世界だけでなく、会社や日常生活においてもよく出くわすことだろう。因みに、自分の意見を曲げない、いわば「ガンコ度」の高い2大因子として「高齢」であることと、「男性」であることが知られている。もちろん個人差があるとはいえ、肌感覚としてもこれは説得力があるといえそうだ。
こうした意見のぶつかり合いが社会的分断を引き起こすのである。「走り込み」の賛否くらいならばかわいいもので、宗教や国家、思想となるとテロや戦争、殺人の引き金と成りえる恐ろしい構図だ。どちらも「自分(我々)こそが正しい」と確信しているに違いない。
ではどのようにしたらこうした分断を完全に、とまではいかなくてもなるべく起きないように、あるいは修復するためにどうしたらいいのかを考えると、私は科学的研究に助けてもらうのが最善策に思えるのだ。
たとえば、「Noncompatibility of power and endurance training among college baseball players」*なる論文には、走り込みのような持久力型のトレーニングをした群は、していない群に比べて下半身のパワー発揮にマイナスの効果があったという結果が報告されている。
チェリーピッキングという言葉や確証バイアスという言葉をご存じだろうか。これは是非にも日本人全員に広めたい概念だ。人は自分にとって都合のよいものばかりを集めてきて、あたかも動かぬ証拠としてこれを用いる傾向がある、ということだ。
走り込み信奉者は、自身や周囲の選手の様子からその確信を強めたのだろう。そのランニングに要した時間を別のトレーニングに使ったら、もっとよい成績になっていた可能性を想像すらできない。ここに「ガンコ度」が合流してしまうと、科学的研究結果を読んでも「この研究は間違っている」と反論するだろうことが目に見えるようでもある。
もちろん、私も然りだ。世界中に数多とあるスポーツ科学の論文を読了したわけではないし、そこから1論文を持ってくるのは自分にとって都合のよい果実(チェリー)を単にピックアップしているだけという可能性も否定できない。
それでもなお、だ。どちらのロジックが正しいのか、あるいはひょっとしたら「先発型の投手には向かない」「イチローのようなシングルヒッターには走り込みはベスト」といった、プレースタイル別に答えが違うのかもしれない。こうした議論をするうえで、科学研究の結果を持ち寄って話し合えるようになれば、意見が折り合える可能性は高まるだろう。これよりほかに社会的分断を修復しえる良い打ち手はない。そうは思えないだろうか。
*Noncompatibility of power and endurance training among college baseball players
(大学野球選手のパワートレーニングと持久力トレーニングの不一致)
以上
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