先日、タレントの美輪明宏さんが亡くなられた。91歳とのことである。
タレントの訃報には大きく2種類がある気がする。一つは「若かりし頃に活躍し人気だった人」の訃報であり、この場合は「ああ、懐かしい。そんな人もいたな」というのが世間の受け止め方である。もう一つはタレントとして現役で未だネームバリューのある人の死である。こちら特に若くしての訃報の場合は悲劇的であり、当人のファンのみならず社会全体としても消沈するということもあるが、美輪さんの場合は年齢的に大往生であり、悲劇というよりもむしろこの年齢で未だ発言力・発信力があったということが凄いと改めて思う。
特に美輪さんのヒストリーについて詳しいわけではなかったが、今回の報道から若い頃は容姿端麗、その美貌で人気になったこと、10歳の時に長崎で被爆したことなどを初めて聞いたところである。自身が人気者になるにつれ、労苦多くして働いている人に対して恥ずかしい感情があったといった本人の述懐は、なるほど美輪さんらしいなとも思ったりする。
美輪さんのサイトには直筆の色紙の体裁で下記の言葉が残されている。
“こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません
この世のすべての問題を解く鍵は愛です
愛があれば戦争なんか起こりません”
亡くなった人の言葉を取り上げて批評するのは野暮なのだが、哲学分野の視点ではこの言葉には曖昧さがあり、案外と発信者と受け止める側とでミスコミュニケーションが起こるのだろうなという印象がある。「愛」という概念は多義的で厄介なのである。
戦争を企図する愚か者にあって、その動機は単純な「相手国に対する恨み」であることはまずないと言ってよい。もっともその気持ちを動かすのはむしろ「自国民を守るため、救うため」なのであり、このまま当該国を好きなようにさせていたらテロ国家になるとか、既に多くの自国民が命を奪われている、そういった思い、つまりは「愛」が意思決定者を相手国の攻撃へと揺り動かすというのが常だろう。その意味において戦争を引き起こす引き金もまた「愛」と言えるのかもしれず、そこが難しいところなのである。
哲学分野ではアリストテレスが「愛」を“交通整理”しており、それは恋愛<エロス>、友愛<フィリア>、無償の愛<アガペー>の3つである。
恋愛(エロス)については解説するまでもなく、この愛は言わば「自己中心的」である。運よく恋愛の対象が自身に対しても同様な感情を持っていたならばこれはハッピー以外の何物でもないが、世の中はそううまくいかない。自身の気持ちが満たされないということでストーカーや殺人など最悪の帰結となることもある。その逆に自ら命を絶つという悲劇の引き金にもなる。この愛は人の命を奪う源泉にもなるというわけだ。
他方、アガペー(無償の愛)は確かに戦争を食い止める力があるだろう。新約聖書にある「悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」の如くに、無条件で絶対的な愛である。世界中の人がこのようであるならば戦争など起こらないのだろうが、そもそも私の中にアガペーは居ない気がするし、そのような立ち振る舞いをする人を未だかつて見たことが無い。残念ながら私にとってのアガペーは空想でしかないし、美輪さんのいう「愛」がアガペーなのだとしたら観念的で、極論すれば「異論はないものの実現不可能」となる。
恐らくであるが美輪さんが言わんとしていたのはフィリア(友愛)なのだろうな、と勝手に解釈している。フィリアとは他者と互いに思いやり、幸福を願い合う関係のことである。私自身、これを徹頭徹尾、体現できるとは言わないが少なくともアガペーよりワンチャンある。
日本では「戦後」と言うが、地球上ではずっと戦争が続いている。美輪さんのご冥福を祈りつつ、友愛が広がっていくための一助となれるような生き方をしていきたいと思っている。
以上


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