BL0172 孤独(Lonliness,Solitude)

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埼玉県に出来たムーミンバレーパークにいつか行ってみたいと思っている。子供の頃によく見ていたムーミンのアニメは、あまりにも原作の世界観と違うことから原作者トーベ・ヤンソンが怒ったとか、再放送できなくなったといったお話を聞いたりするのだが、それでもアニメが私にとっての「ムーミン・デビュー」であることは間違いない。

確かに書籍の方の「ムーミン」を読んでみると色んな違いがあって、そもそもムーミンの住む家に主要キャラクターが全員住んでいるとか、ガールフレンドのノンノンは「ノンノン」ではなくて「スノークのおじょうさん」という呼称であるとか、色んな違いがある。

原作者は内向的なムーミンがアニメの中で激高したり暴れたりすること、スノークのおじょうさん(ノンノン)は恋愛に興味がないキャラなのに、ムーミンに好意をよせていることなど怒り心頭らしいのだが、ムーミン“ファン”の私にとってそれは些末なことに思え、当時から本の中のムーミンも、アニメのムーミンも好きだった。

原作では哲学者であり反権力、自由主義で放浪して暮らしている“人間型”キャラのスナフキンも、アニメの中ではモノわかりの良いお兄さんといった立ち位置である。ただしこれはアニメ化の企画者による勝手なキャラ変というよりも「反権力」など、いまでもおよそ子供向けには描きようがないからの妥協というか苦肉の策であったのだと思う。

私はこのスナフキンが好きだった。自分も友達と遊んでいる中でどこかしら中心的なことが嫌いで、例えばウルトラマン役とか仮面ライダー役とかはしたがらずにむしろ敵キャラをしたがっていたし、何より皆とつるむことより一人でいる方が楽しかったりもした。それゆえに孤独を楽しむスナフキンというキャラクターには強く共感していたのである。

社会学や社会疫学分野でいうところの「孤独」というのは英語には大きく二種類あり、一つはロンリネス(Lonliness)であり、もう一つはソリチュード(Solitude)である。

ロンリネスとは言わば「苦痛としての孤独」であり、物理的に一人でいる状態であること、あるいは周囲に人がいても自分のことが理解されていないと感じたりする寂しさや孤立感のことを指す。

一方でソリチュードの方は「充実としての孤独」とでも言おうか、自らが率先して選んだ孤独であり、まさにスナフキンの生き方であると言ってよいだろう。私のコラムは何ら高貴な創造物ではないものの、それでも制作するときは常に孤独であり、人はものを創造する際に「孤独」の力を借りることでより良い創造物を作る。

一方のロンリネスの方は特に高齢化社会において大いに問題として認識されてきている。だからといってソリチュード、孤独を自ら選んで楽しんでいる人を無理やりに連れ出してゲートボールをさせるといった政策が間違いであることは自明だろう。私たちは他人の内面を知らない。それ故に一人でいる人は「寂しいに違いない」とするのは正しいこともあれば正しくないこともある。スナフキンをアニメの中でムーミンたちと頻繁に遊ばせてしまってはいけないのである。

以上

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