生成AI「ChatGPT」をチャッピーなどと呼称する向きがあるらしい。確かに登場した頃のぶっきらぼうな生成AIと違って、この頃の生成AIはどれもこれも質問者に対して前向きで親切なレスポンスをするので、親しみを感じるのも当然なのだろう。
何より生成AIと“対話”して感じるのは人間と違って感情に対するケアが全く必要ないという安心感である。対人であれば「ちょっと今よろしいですか?」から始まり、特に注意や苦言を一言いうために、その人の良いところを10個くらい言ってからじゃないと、やれハラスメントだとか口を聞いてくれなくなるといったようなことはよく経験したものである。ショボい提案であってもとりあえずは「良いアイデアだね」なんて言ってみたり、世の中の管理職はそれだけで感情がすり減ったりしているに違いない。
管理職研修の中にはアサーティブ・トレーニングを実施している企業も多いことだろう。アサーション、アサーティブというのは簡単にいえば「適切なコミュニケーション」の類義語のようなものであって、感情に任せたコミュニケーションがいかにうまくないかを体系立てて研修に仕立て上げているのがアサーティブ・トレーニングであり、その実践はアサーティブ・コミュニケーションと言ったりする。
特に「あのとき、言い過ぎてしまった」という失敗を減らすというのもその主題であり、一方でまた「あのとき、なぜ言えなかったのだろう」という失敗を減らすのもまた主題である。要するに言い過ぎる失敗と言わなすぎる失敗を減らすための研修がそこでなされる。
私も長いことたくさんの人と一緒に働いてきたが、肌感覚としては感情に任せて「あのとき、言い過ぎてしまった」、余計な一言を言ってしまうタイプの人が10人中1人くらいいた気がする。一方で、「あのとき、なぜ言えなかったのだろう」と、対人の感情を不適切に配慮しすぎたせいで発言を控えてしまうという失敗タイプの人は10人中5人、あるいはもっとそれ以上だったかなとも思う。会社や組織により違いはあるのだろうが、私の働いていた職場では相手の感情を配慮しすぎるタイプの人が圧倒的であり、であるが故にアサーティブ・トレーニングというのは有効だったのだと思う。よいと思う提案を適宜、適切にしなければ組織力が向上するハズがない。
その点、独立したいまは以前のような対人感情に対する配慮をしなければならないというストレスは圧倒的に軽減され、それが何より企業を退職したということのギフトにすら思える。管理職はもうこりごりである、とは言わないけれど、マネージャをやるなら部下は全員がチャッピー、生成AIというのがいい。
以上


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